わたしが好きなシーン(乳蜜

こんにちは、西条彩子です! 

完結からまあまあ経って、ふと読み返して、「ここもうちょっとこう書けたな」とか、「この先はこうなるんだろうな」とかがぽこぽこ湧いてきます。

とりあえず稜くんの心情がまあまあ複雑で飲まれそうです。今月中に出したい。

ささ、乳蜜萌えを語りますよー! 


①悶々

『縄で縛るってのがどういう行為か、ここ最近でお前もいろいろ知っただろ。整理ついでにアユに話しながら、手遊びでもいい、縄に触れてもらえ。どんな関係であっても受け手はいつも命がけなんだ。命の代償に愛されでもしなきゃ浮かばれねえよ』
 瑛二の言い分は分かる。
 仲秋の妻が縄に関わる一切を避けている理由は、それが関係しているに違いないし、このまま何も言わないでおいた方がいいのではないかと考えてしまう。
 しかし、何も聞かされないままでも不安を抱えさせてしまうことになるのなら。ちゃんと話した方がいい。そこに行き着いた。 

谷崎さんが先生を『悪い見本』とおっしゃってましたがまさにで。

もしも渡海くんが何も気づかぬまま瑠衣とともに舞台を降りていたら、その後どうする気だったんでしょうね。


 ②不埒

 向けられている目はすっかり熱を帯びていた。それに、切なげな表情を浮かべている。
 ついさっきまで、歩は「その気」ではなかったはずだ。
 それなのに、どうして?
 潤んだ黒い瞳と目線を合わせたまま思案すると、渡海はあることに気がついた。
 まさか縄から何か伝ったか?
 渡海はハッとした顔でとっさに掴んだままの縄を見た。
 自分自身も瑛二や稜の信条を縄から感じ取ったこともあり、そう思い至った。
  手順をひとつひとつ確かめながら真剣に縛っていたつもりだが、時折不埒な気分になっていたことは事実だ。

この縄を見るところが好き。 

ほんとね、縄って伝うんですよ。抱き締める腕と一緒です。よそよそしかったら気づいて不安になるでしょう?


 ③目

 いつからだ。いつからルイと目を合わせていない?
 渡海は後部座席に乗り込むなり、記憶をたぐり寄せた。
 縛っている間、縛り手は受け手の表情や目、息づかいに至るまで微細なまでに状況を確かめる。それを怠ると、最悪の場合事故に至るからだ。それなのに、それらを怠っていたことを、歩を縛っているときに渡海は気がついた。
 8 Knot(エイトノット)でルイを縛ったときは完全にしていなかった。その前に仲秋の前で縛ったときも。更に言えば、ベルリンのステージのときは、縛る前にルイの目を手ぬぐいで隠してしまったが、あのときは康孝がそこに来ていることを気づかれたくなかったからそうしたのだ。
「あ」
 そこまで思い出し、渡海は気づいた。
 ルイと目を合わせた最後がフランクフルトだったことに。
 その直後だ。ルイが康孝と視線を重ねたまま縄に酔っていたのは。
 あれを見たときに感じたものが、彼女への未練からくるものではないことは分かった。しかし、だからといって気にならなかったわけではない。でも、瑛二から掛けられた言葉が、ずっと抱えていたものを取り払ってくれた。
「緊縛師、か……」
 ルイを守るために舞台に上がり続けていた間に、緊縛師としての矜恃を抱くようになっていたのだろう。それがあのときの怒りの理由だと知り、ほっとしたのと同時に奇妙な気分だった。

向き合ってない、とノットメンバーは言いましたが、目に見えてわかる最たる部分がここでしたね。

稜と瑛二が話してました。でもって例によって結衣子は渡海に伝えてません。当たり前過ぎてやっぱり「そこから?」だったりする。 


④渡海と稜

-1

「答え合わせをするために縛られたいんだ。それで間違いがなかったら、縛りたい」
 目を合わせたまま返事をすると、稜の目が冷めたものになる。
「縛るんだ」
 返ってきた声は低かった。
 試されている気がしてならず、渡海は意を決した顔をする。
 すると本気の度合いが伝わったのか、稜が真面目な顔をした。
「縛る気でいるなら今度は、少しでもいい、彼女のこと愛してあげて。俺にしてみたら、大事な奥さんをその一瞬だけとはいえ差し出すんだ」
 瑛二たちと話す前なら、稜が話した言葉の重みを分からないままだっただろう。でも、今は違う。真剣な顔で頷くと、稜から苦笑を向けられた。

-2

 目が合うと、稜は悪戯を見つかってしまった子供のような顔で、ぺろりと舌を出した。
「ごめんね、俺も怒られたから痛み分けで」
 ちなみに、と稜は続ける。
「瑛二さんはピエール・マルコリーニのチョコレートを買ってくるよう約束させられてる。俺はホテルでのアフタヌーンティーを予約した」
 稜の言葉を聞いて、うまい酒と菓子をやれば結衣子は喜ぶと瑛二が言ってたことを思い出した。  渡海はげんなりした顔をする。
「ということは、俺もなんか用意しなきゃならんということか……」 

1は稜がベルリンで渡海に対し「面白くない」と言った理由です。その後瑛二と結衣子を怒る直前、「個人的な意見」と称したのもそれ。 

2は1の苦言に対する稜なりの帳尻合わせみたいなもの。結衣子にいいように遊ばれて大変だと思いつつ、楽しんでもいるようです。


⑤不憫

「つか。そろそろ服着てくれ……」
 彼女の裸体が視界に入り、非常に気まずい気分だった。
 しかし、思いも寄らない言葉が耳に入る。
「あら、ベルリンでもこうだったじゃない。気になる?」
「気になって当たり前だろ!!」
 思わず結衣子へ目線を向けて言い放つと、彼女は裸体を見せつけるように腰に手を添えて膝立ちになっている。
 豊満な乳房に目が行きそうになったけれど、渡海は顔をしかめさせ視線をさまよわせた。
「ちゃんとTバック穿いてるのにぃ……」
 嫌な予感がして再び目をやると、あろうことか結衣子はTバックのサイドにある紐をピーンと伸ばしていた。
 そのまま引っ張れば、股間を覆うものが落ちてしまう。
 放っておけば、何をしでかすか分からない相手だけに対応に困る。
 いても立ってもいられなくなり、渡海は勢いよく言い放った。
「やめろ、ほどくな!! おい! 稜! 止めろ! こいつを止めろ!」
 慌てふためきながら稜に助けを求めたけれど、稜は手で口を覆ったままだった。
 良く見ると、肩を揺らしている。
「ごめんね渡海さん、俺面白い時は放っておく主義なんだ」
 稜はそう言うと、くくっと笑いを堪えた。
 それを目にして、見放されたような気がしたのは言うまでもない。
 渡海は顔を真っ赤にしながらぼう然となる。
「面白い、って……」
 傍観者である稜にしてみれば面白いだろうが、当事者である自分にとっては……。
「俺はちっとも面白くねえ!」
 渡海は肩を揺らしている稜と裸のまま膝立ちになっている結衣子に向かい、体を震わせながら言い放った。  

書いてるこっちも面白くてしょうがなかった……w

「そろそろ服を」と渡海くんが言ったので、こちらもついつい悪ノリが。 

ほんとごめんね、でも谷崎さんも言う通り、そういう星の下に生まれたのだよ君は。。


⑥全部

 そういえば、ベルリン以降歩には何も話していない。 
 それどころか、帰国して一緒に住み始めたというのに、結衣子と再会したあと、恋人と一緒に過ごす時間より一人で考え込んでいた時間が多かった気がする。
 そのことに今更ながら気づき苦笑いしか出てこなかった。
「何か悩んでいることがあるんだろうなって思っていても、軽々しく聞けなかった。わたしは、あんたの仕事とか縄を良く知らないから」
 済まそうな顔で話す恋人に、渡海は申し訳ない気分になった。
 言えば不安にさせるだけだろうし、これは自分一人でやらねばならないことだ。そう思っていたから歩には言わなかった。
 しかし、言わないままなのも不安にさせてしまうのならば、打ち明けた方がいい。そう思ったのは、瑛二から言われた一言が脳裏を掠めたからだった。
『今なんで躓いてるか、なんでこうやってウジウジ考えて迷ってんのか。カッコつけのお前のことだ、どうせ言ってねえだろ』
 渡海はすまなそうな顔を歩に向ける。
「すまなかった。よかれと思ったことが、かえってお前を不安にさせていたんだな」
「不安、とかじゃないの。何もできないことを思い知らされるのよ。それが、ちょっとしんどかっただけ……」
 悔しそうな顔を目にして、渡海は反省した。
 ちょっとという言葉を足していたけれど、そうではないことくらい歩の表情を見れば分かる。
 自分のことで手一杯になっていた一方で、大事な人を煩わせていた事実を痛感させられた。
「歩。良い機会だから、全部話すよ。帰国してから俺が抱えていたもんを」
 覚悟を決めて口を開くと、歩から真摯なまなざしを向けられた。 

~からの~

「さっき言ってたじゃない」
「ん?」
「縛っている間は相手だけを愛するって。だから……」
「だから?」
 ますます意味が分からず聞き返したところ、恨みがましそうな目を向けられた。
「愛してほしいって言ってんのよ」
「はあ?」
「誰かを縛って愛する前に、わたしを愛してって言ってるの!」
 勢いよく言い放つと、歩はぷいっとそっぽを向いた。 

よかったよかったと胸をなでおろした。歩は絶対きつかっただろうなあと思っておりました。 瑛二、GJ……w 


⑦恥ずかしい話

 しかし、それを見つけただけでは、あの女王サマは首を縦に振らないだろう。
 答え合わせのために押しかけたときのことを振り返りながら午前の稽古の後片付けをしていると、「その後」のことまで思い出してしまい、苦々しい顔になった。
『昨日三人でした話で一番恥ずかしい話を教えてくれるならいいわ』
 やり直す際、もう一度始めからするためとはいえ、結衣子からの申し出に軽率に頷いたことを心の底から悔やんだ。
 縄を片付けた後、稜がいらぬことを口にしたせいで、延々結衣子にからかわれ続けたのだ。どれだけ悔やんでも悔やみきれるものではない。 

「で、さっきの話、忘れてないわよね」

「う……」

「一番恥ずかしいは・な・し」

「う…………」

「……初体験(ぼそっ」

「おい稜っ!!」

「なになになに稜くん今聞き捨てならない単語聞こえた!」

聞いたあとの結衣子はきっと両手口に当ててきゅうううんって顔してると思います。


⑧縄痕

 長い髪は稜が渡したヘアクリップでまとめ上げられていた。
 そのせいで白い肌に残る縄痕が目に入り、気まずくなってくる。
 押しかけたときはうっすら残る程度だったこともあり、多少の気まずさを感じながらもいつも通りの力加減で縛ることができた。
 しかし、今目にしているものは真新しいものだ。くっきりと残っている。
 そこにこれから縄を掛けると思うと、以前より強く申し訳ない気分になった。しかし、そんな気持ちのままで縄を掛ければ、結衣子は見抜くだろうし、怒りをぶつけてくるだろうから、どうにかして気持ちを切り替えたかった。
 渡海は目線を正面にある鏡に向ける。
 すると、カーテンが開けられた鏡に映る結衣子と視線が重なった。
 自分を見つめるまっすぐな目には、迷いや気まずさなど一切なかった。それを見て、縄痕で戸惑っている自分が情けなくなった。
 それと同時に、いよいよ腹をくくらなければならないことを自覚させられ、渡海は心を決めて結衣子の方に手を伸ばした。 

  押しかけた時に残っていたのは、レオンたちと縄で遊んだせいでした。が、こっちは稜の。

結衣子的には縄痕は誇りくらいに思ってますが、渡海くんにしたらそうじゃないです。むしろトラウマだったくらいです。 

でもそんな事情、受け手にしたら関係ないよね、ってところでした。 

一番とばっちりなのは先生。


⑨去る者、残る者

「そういや、どうしてステージを降りることを決めたんだ? 相手に惚れたんならステージ降りろと言ったのは俺だけどな……」
 すると、ルイから寂しげな笑みを向けられた。
「彼の側にいなきゃいけないって思ったからよ」
「へえ。俺のときはそう思えなかったのか」
 わざと茶化すように言うと、はっきりとした口調で告げられた。
「あんたの側にいたいとは思ったわよ。でも、それと同じくらい仕事が面白かったの。どんな姿になっても、それでもいい、それがいいって言ってくれる人たちの存在があったから、辞めることなど考えられなかった」
 向けられている目が、凜としたものに変わっている。
 彼女が心から愛した仕事と比べられないほど思われていたことを聞かされて、自然と笑みが漏れた。
「そっか」
「ええ。あんたには酷な返事でしょうけど」
「いや、嬉しいよ。それだけ思われていたってことだから。でも、あの頃の俺は、仕事をとるか俺をとるか、そればっか考えていたからそう思えなかった」
「比べられないわよ。どっちも大事だし、失いたくなかった」
「つまり、お互い若かった。そういうことだ」
 ルイに笑みを向けると、彼女は「そうね」と言って息を吐いた。 

この二人も二人で、答え合わせをやっとしたなあ、と思えたものです。


⑩偶然

「光、この酒!」
 勢いよく身を乗り出すと、光は平然とした様子で酒瓶を掲げて見せた。
 間違いない。アビスで飲んだ酒と同じだ。渡海は目を見張る。
「スコッチの王様、ザ・マッカランのレアカスクですよ。今日入ったばかりの名酒です。これがどうかしましたか?」
「そっ、それ、売ってくれ!」
「嫌です。やっと手に入れた酒を、易々と差し上げる気はありません」
「今、俺に飲ませたじゃないか!」
「ええ。友人ですからね。一緒に飲もうかなと思って開けたんです。だって、渡海さんもやっと吹っ切れたことですし」
 そう言って、光は自分自身のロックグラスに琥珀色の酒を手酌で注いだ。
「はい、乾杯。あとは歩さんをよろしくお願いしますよ」
 チンと硬質な音を立てると、光はぐいと酒を飲んだ。
「うまい。口の中に入れてすぐ……
「それ、高いのか?」
 光の言葉を遮るように尋ねると、軽蔑するような目線を向けられた。
「高いですよ。お店で出すと。ああ、でも勘定は気にしないで下さい。わたしのおごりですから」
「どこで売ってるんだ、その酒」
「酒屋さんで買えないこともないけれど、受注しないと買えない酒です。つきあいのある酒屋さんが発注ミスで多く仕入れてしまったらしく、買ってくれないかって頼み込まれたから引き取らせて頂いたんです」
 かなり希少な酒であることを思い知らされ、渡海は肩を落とした。 

よくできた偶然……w

このあと鞭でパシパシされながらお菓子をねだられるとは思いもよらなかったでしょう……。


⑪歯がゆい

「お前がルイを縛る姿を見て、わたしは目を疑った」
 渡海は、落ち着いた声で話し始めた師に目線を向ける。
「お前がルイと目を合わせていなかったからだ。受け手と呼吸を合わせないとならないと一番強く言っていたはずなのに、あのときのお前はそうしていなかった。その後お前から、何があったのか聞いて理由は分かったが、だからといって昔のように教えてしまえば意味がない。お前が気づかないとならないことだからだ」
 だからと仲秋は話を続けた。
「ずっと歯がゆかったよ。しかし、必ずそこにたどり着くとわたしは信じていた。だからレディ結衣子たちに任せたままだったんだ。彼女たちは受け手と呼吸を合わせることの大事さを身を以て分かっているからな」
 仲秋から結衣子に自分を任せた理由を聞かされて、渡海は納得した。師が言った通り、彼女たちは受け手が抱えるものの深さを分かっていることを知ったからだった。
 だがその一方で、理由がつかない不安が心の奥底にじわじわと広がりだした。
「それで?」
 先を促す仲秋の声が耳に入り、渡海は顔をハッとさせる。
「目を合わせていなかったことに気づき、結衣子、さんのもとに向かいました。答え合わせをしたかったからです」
「ほう?」
 仲秋の目が細くなった。 

先生の表向きの思い。もしもあっさりと「瑠衣の目を見ろ」と言ってしまっても、また機械的なそれに戻るだけだったでしょうね、きっと。先生はそのまま縛りを変えてほしかったんでしょうか。どうなんでしょ。答え合わせ事案? 

それにしても、名前呼びぎこちなさすぎる……。


⑫先生の衝動

「異性に興味を抱き始める頃になっても、友人たちのように女性のヌードグラビアでは興奮しなかった。その頃だな、自分は異常なのかもしれないと思ったのは。まずいと思った。友人たちと同じようになれなかったから、不安で仕方がなかったよ。でも、自分はまだ子供なのだと思い込むことで紛らわせていた。だが、それにだって限界がある。高校を卒業したあと働いた会社の初任給を握りしめてストリップ劇場へ向かったんだ。しかし、女の裸を見ても興奮しなかった。それに男と女がまぐわっている姿を見ても何も感じない。いよいよ自分の異常さを突きつけられた気分だった」
 初めて聞く仲秋の過去。
 聞いているうちに瑛二や稜のことを思ったのは言うまでもない。
 それに結衣子のこともだ。
『あの頃のユイはな、普通の人間なんてこの世からみんな消えてしまえばいいと思うくらい絶望してたんだ。言ってたろ。自分のマゾ性に気づいていたがどうしたらいいか分からなかったって。やっかいな癖を持ってるがゆえに、あいつは孤独だったし絶望してた』
  誰にも理解できない欲望を抱えているがゆえに、彼らだって仲秋同様底が見えない不安を抱き続けたに違いない。
 そう思うと、瑛二が語った結衣子の絶望の深さを改めて認識させられた。改めて衝動の業の深さを実感し、息が苦しくなってくる。それでも渡海は師の話を聞き続けた。
「打ちひしがれた気分で席についていたときだ。本番ショーが終わったあと、新しい踊り子が二人舞台に上がったんだ。一人は束ねた縄を持っていた。何をするんだろうと思ったら、緊縛ショーが始まったんだ。それを見ているうちに、過去に味わった興奮が蘇ったよ。ステージが終わっても、わたしは席に着いたままぼう然となっていたんだ」
 それまで真顔だった仲秋の表情が和らいだ。
「衝撃を受けたわたしは、そのとき舞台の上で縄を握っていた女性に縛りを習ったのが始まりだな」 

倒錯的な嗜好ってほんと闇抱えることあるんだよ、と谷崎さんとも散々お話しました。

SMってカジュアルに見えるかもしれない。合コンで気軽に「マゾ? サド? どっち?」と聞けたりもしちゃうし。でも思い悩むとこうなる典型が先生や結衣子で。

だから普通に憧れるのです。折り合いをなんとかつけようとする。だけど結局、というのも多い。 先生の不貞、私は責めきれないです。


⑬縛って

「先生」
 胸に広がる熱を感じながら、渡海は仲秋に呼び掛ける。
「なんだ?」
「俺を縛ってもらえませんか?」

このあと先生の本気の縄を受けて渡海くんはどうだったんだろうなあ。 


⑭またまた偶然…… 

「こっちはお土産のカステラよ」
 歩から「カステラ」と聞かされた直後、苦々しい記憶が蘇った。
 光からステージと引き換えに貰った酒を持って、結衣子のもとへ向かったのだが、そこで予想外のことが起きた。
 瑛二に勧められるままに飲んだ酒を「献上」すれば、それで終わると思いきや彼女は菓子をねだってきた。
 しかも乗馬用の鞭を振りながらそうされたら、ぐっと耐えて折れるしかない。
 それでとっさに口にしたものがカステラや最中だったのだが、結衣子はカステラに食いついてきた。そこまで思い出したとき、あることを思い出し渡海は歩に問いかけた。
「そのカステラってさ、底がザラメでジャリってしてるか?」
 気まずそうに尋ねると、歩からきょとんとした顔を向けられた。
「え、ええ。ジャリってしてるわよ? それがどうかした?」
 不審げなまなざしを向けられてしまい、つい言いそうになったけれど、渡海は慌てて口を閉ざす。姉弟子である結衣子に言い負かされた末にねだれらたとは、とてもじゃないが言えたものではない。  

これも人からなし崩し的に与えられちゃって、渡海くん、もうちょっと自ら動きなさいよ……w

ちな、結衣子がお菓子をねだるのは、あとになっても「あの時はありがとう」とか「ごめん」とか言われるのが好きじゃないからです。 

めんどくさいからお菓子ちょうだい、って感じ。


⑮ぐぬぬ

「っつか、そろそろ準備させてくれねえか、姉弟子さん」
「結衣子さん」
 間髪おかずに結衣子から厳しい目を向けられた。
「非公式情報なの。お気をつけくださる?」
 唇の端は上がっているが、眇められた目が怖い。
 渡海は頬を引きつらせながら言い直す。
「わかりましたよ結衣子サン」
 無愛想に応じると、歩が突然吹き出した。彼女だけでない、稜も笑いを堪えているようだった。
 それが気に入らず、渡海は結衣子をじろりとにらみ付けた。
「ほら、用意するんでしょう?」
 いきなり迫ってきたかと思ったら、尻をぴしゃりと叩かれた。
「いてっ、なにすんだよ」
 忌ま忌ましげににらみ付けると、結衣子は得意げな顔を浮かべている。
「私もいつでも引きずり下ろせるよう用意しておくわぁ」
 悪態をつかれたことが気に入らず舌打ちしたい気分だったが、そうしたらしたで厄介なことになる。
「歩、行こう」
 渡海は顔を逸らし、恋人の腰に腕を回した。
 歩を連れてここから離れようとしたが、戸惑いの表情を向けられていることに気づき居心地が悪くなった。  

谷崎さんオーダー、「渡海をぐぬぬさせる結衣子のセリフを」 

はいよろこんでー! とできたやり取りです。ダメダメだったら結衣子はガチでやるでしょう。 


⑯瑛二も

「下手なモン見せやがったら、あいつにステージ乗っ取られるからな。気ィ緩めんじゃねえぞ」
 不敵な笑みを向けられたと思ったら、背中をバンと叩かれた。
 あいつとは言わずもがな結衣子のことだろう。
 叩かれた背中に残る痛みに耐えながら苦々しい気持ちで瑛二を見ると、向けられている目がすっと細くなった。
「こいつ越しに見張っててやる」
 瑛二が、持っていたカメラを掲げて見せた。
「ステージ狙ってるのが結衣子だけだと思うなよ」

この辺も谷崎さんご希望のシーンでした。見張る、と言いながら見守る、というか。

瑛二は言葉に嘘はないけど結衣子よりはちゃんとお兄さん的に見てるようです。


⑰さみしい

 ルイに目をやると、彼女は恍惚とした表情を浮かべていた。遠いところを眺めているような目は、涙ですっかり潤んでいる。鼻は出ているし、緩んだ唇からは唾液が垂れているけれど、忘我の境地に至ったような表情が、それらを全て打ち消した。
 できることなら、このまま時間が止まってしまえばいい。そう思った。しかし、縛ったら解かねばならない。そして彼女を送り出さなければ。
 募る切なさを理性で押し殺し、渡海は表情を引き締めた。
 腰縄から伸びる縄をしっかり握り、少しずつ緩めていく。ルイの体が床に着く手前で、渡海は縄を握ったまま彼女の体に腕を伸ばした。
 梁から縄が離れると、渡海はルイの体を支えながら彼女を縛る縄を解き始めた。一本、また一本と縄を取り払ううちに、彼女と過ごした時間が次々と脳裏に浮かんできた。
 苦しかった時間もあったが、それだけではない。楽しいときもあったし、喜びを分かち合えた時間も確かに存在していた。  

縛ったらほどかなきゃいけない。それってやっぱりさみしいんだよね。 


⑱おつかれさま

「終わった……」
 その言葉を漏らした途端、今度こそ全身から力が抜けた。
 ルイのことだけを考えて無我夢中になって縄を掛け続けたことで、やり切ったという達成感が胸に広がった。
 それと同時に、彼女といよいよ別れるときが迫っていることを実感させられ、影を潜めた寂しさがぶり返す。じわじわと寂寥感が胸に広がり出した直後、肌に温かいものが触れた。
「熱くない?」
 気遣わしげな歩の声がした。
 顔にタオルを被せているから見えないが、温かいタオルで体を拭かれているのだろう。
「大丈夫だ」
 肌に伝うタオルの温かさを追いかけているうちに、意識が溶けていく。 

そのさみしさは、歩が今度埋めてくれる。そう確信できた一幕でした。 

年下なのにお姉ちゃんだよね、歩……。いや、むしろおかあ……ry 


⑲ふとどきもの!

「え? 名前と着物、って……」
 急に気まずくなってきて、渡海はため息をつく。
「昨日、言い出されたんだよ……」
 無精不精に言うと、結衣子が声を張り上げた。
「ため息つくくらいなら返しなさいよ不届き者!」
「はあ?」
 怪訝な顔で彼女を見ると、不満をあらわにさせている。
 どうして結衣子が不服そうにしているのか、おおよその見当はつく。つい先日までうだうだしていた自分に、緊縛の世界で名を知らぬものがいない仲秋のあとなど継げるわけがない。そう思っているのだろう。渡海はため息交じりに漏らす。
「……仕方がねえだろ」
 仲秋から託された思いと、自分がたどり着いたものが重なったから継ごうと思った。それが恩返しにもなるからと。
 しかし、結衣子から不満を訴えられてしまい、今更ながら仲秋の名前の重さを思い知らされ、複雑な気分だった。
「仕方ないってなによそれ。不本意なわけ?」
「ちげえよ、いきなりだったから驚いただけだよ」
「あっそ。なんでもいいけど複雑ぅ……。仲秋くん? 間違っても先生なんて呼べないし……」
「呼ばれても困る。まだ気持ちが追いついていないんだ」 

託された以上、ちゃんと重く受け止める。そういう渡海くんだから先生は託したんだろうなぁ。

そのうち弟子とか持つエピも出てくるでしょうし、その頃には一皮むけたいい男になってると思う。

それとこれはちょっとした勘ですが、いずれ結衣子は「マサキ」って呼ぶようになるんじゃないかって思うんですよ。


⑳わからないはずは

「だったら甘えてあげたらどう? 立派に自立するのもいいけど、そうしたほうが先生は喜ぶわ」
「え?」
 渡海は目を大きくさせた。
 結衣子に目線を向けると、彼女は苦笑したままため息をついている。
 今、結衣子はなんと言った? 
 甘えたら仲秋が喜ぶ。そう言ったと思うが、聞き間違いではなかろうか。
「先生が甘えさせるわけねえだろ。今回だってそうだろが」
 そう、仲秋は甘えを許すような人間ではない。
 それをいやと言うほど分かっているし、彼女だって弟子だったから分からないはずはない。それなのに、どうしてそんなことを口にしたのだろうか。
「それに、もう甘えていられねえよ。自分でどうにかするしかねえが、肝心の受け手がいないんだ。しばらくは初心に戻って稽古に励むよ」  

わからないんだよおぉぉ……(机ばんばん


㉑さいごのかくにん

「わたしとルイちゃん、似てるかしら」
 目が合った瞬間、渡海は思わず声を漏らす。
「え?」
 どうして結衣子がそんなことを自分に聞いてきたのか意図が読めず、渡海はどう返していいものか躊躇した。
 しかし、向けられているまなざしがあまりにも真剣なものだったから、初めて彼女と顔を合わせたときのことを思い返し、答えようとしたときだった。
 仲秋が結衣子を縛っている最中、どうしてルイがアトリエから逃げるように出ていったのか。
 どうして仲秋がルイをことのほか可愛がったのか、それらの理由が分かってしまい口が重くなる。
 ただの弟子と師匠の関係ではなかった。
 それに互いに対をなす衝動をぶつけ合うだけの関係でもなかったのだろう。少なくとも、仲秋にとっては。
 しかし、結衣子はそれを知らないから、それを確かめるために自分を連れ出したような気がした。
 さっきまでいた店で、彼女と話した会話を振り返っているうちに、それは確信へと変わっていった。
 渡海は真顔で結衣子を見た。
 自分の答えを待っている彼女の表情は、一見すればいつもどおりだが、向けられている目が思い詰めたようなものになっている。
 その目を見つめながら彼女に伝えるべきものを頭の中で整理したあと、渡海はゆっくりと口を開いた。 

谷崎さんもおっしゃってましたが、いろんな衝動や欲望を知らなかったら、渡海は「どうでもいい」とすら言えなかったでしょうね。

一見ぞんざいな言葉だけど、渡海くんが目をつぶってくれた優しさを結衣子も少なからず感じてます。


㉒決意

『愛し方や愛され方がどうしようもなく下手な生き物なのかもね』
 考えているうちに、稜から言われたものが脳裏に蘇った。
 その通りだ。それに光が言っていた通り、愛し方や愛され方が分からないのかもしれない。
 これから緊縛師として、そういう人間たちと向き合うことになる。それがとてつもなく重いものに感じたけれど、自分が決めたことだ。
 どこまで彼らと向き合えるか今は分からないけれど、自分を信じてくれるなら仲秋や結衣子らのように本気で向き合おう。そして愛そう。覚えていよう。しっかりと抱き締めよう。

成長したなああああ渡海くんんんん……(`;ω;´) 

この信条をみつけることがこの話のゴールだったので、私もきちんと沿わせていこうと思っていたけど、思った以上に深くなっていったなぁ、となりました。 

ちゃんとゴールがあるって大事だと、谷崎さんとコラボして思い知りました。いや、定めるんだけどさ、これまで書いた話で決めたとおりになったキャラっていないから、さ……(小声

この信条を胸に、渡海くんは羽ばたいてくれることでしょう。  


うん、まあまあ多くなりましたw

今回のコラボでほんと「好き」は強いなあと実感しました。我々ふたりともテンプレとかダメだし、王道書いても王道?ってなるし。

文字数は気にしてなかったです。「あー、一話1万字こえたなあ……」って感じでした。蛇足がゼロとは言いませんが、必要なところに必要なものは入ったんじゃないかな。

私もそろそろ全体通した雑感書くかと思います。 

そして、6/10には読み物だけでなく、我々の生の声をお届けします。質問も受け付けております。リアルタイムで来てくださった方の質問にもお答えしてまいりますのでおたのしみに!


・質問フォーム

https://questant.jp/q/EQ71WQCZ(6/10 正午締め切り)

・感想フォーム

https://questant.jp/q/X2CJ1W1M