わたしが好きなシーン(追憶

こんばんは、谷崎です。

昨日夫氏とともに仙台中心部へ行ってきたついでに、今回の企画の成功を祈願した縄の神社へお礼参りに行きました。

伊達政宗公が城下町を作るときに町割りに使用した縄が地中に埋めてあり、その上に祭られたのが野中神社(のなかじんじゃ)。ご利益は縄にちなんで「縁結び」と「商売繁盛」です。

商売繁盛はともかく、縄の縁が広がり先へ続くお話となったことで成功といえるでしょう。


さて、追憶語りはじめます。


➀縄に変化がないのは……

「ごめんなさいね、主催者の許可も得ずに勝手な真似をして」
「いいんだ。あのステージ、俺は見ていなかったけど散々だったらしいね」
 苦笑するレオンに同調するように結衣子も笑み、穏やかな視線を横の夫婦へ向ける。
「いつものマサキの縛りじゃなかった」
 ケヴィンの眉が、悔しそうに歪められた。
「ええ。マサキの縛りを知ってる人は、相変わらず綺麗って褒めてた。でも、ケヴィンも私もマサキの縛りを間近で見てきたから、何か違うって思ってたの」
「寂しい気分になったよね……」
 すっかり表情を曇らせたメリーナに、宥めるようにケヴィンが寄り添う。
 それまでの渡海の縛りを知っている彼らにはそう映るのか、と、結衣子はどこか他人事のように思った。
 なにが寂しいと感じたのか。聞いてみたいが、繊細な感情に勘繰りを入れるのは無粋な気もする。
 どうしたものかと躊躇っていると、首を竦めたレオンが力なく笑った。
「これは俺たちの私情だ。だが、君がそのステージを私情だと思ったのは、また別だろう?」
「ええ。それで、レオンの聞きたいことって? 兄弟子のあなたが、過ぎたステージのことをわざわざ蒸し返す意味はないでしょう」
「ユイコはマサキの縄に何を求めて、先生に再教育するように申し入れたんだい?」
 優しい口調で穏やかに尋ねる。結衣子と違い、純粋に弟弟子を慮っているのも窺える。結衣子は真顔で、吸ったばかりの息を吐き捨てるように言った。 
「生々しさ」
 レオンの表情が、わずかに鋭くなる。
 彼にも渡海の縄になにか覚えがあるような気がして、結衣子はさらに続けた。
「縛られて余計にそう思ったわ。彼の縄は機械的なまでに正確で綺麗で、血を感じないの。型押しされた大衆車みたい」
 大げさな手振りをつけて肩を竦めて見せると、神妙な顔で聞いていたレオンがぷっと吹き出す。これで満足か、と首をかしげれば、彼は片眉を下げ、困ったように笑った。
「実は俺も、似たような不満がマサキの縄にあってね」
「あら」
 結衣子は膝の上に肘を預ける。 
「どんな不満?」
「変化がない」
 言うのをずっと我慢していたかのような、矢継ぎ早な口振りだった。
「昔から?」
 尋ねるとレオンは深く顎を沈め、改まったように口を開いた。
「縛る相手はマシンじゃない、人間だ。正確に縄をかけるのは大切だが、俺はついそこにハートを求めてしまうんだ」

「変わっていないからこそ、安心していられるのよ、わたしは」

ベルリンでルイはレオンにこう告げています。

この頃の渡海の縄には「何もない」から正確に縄を掛けるのみ。そこにルイが甘えていたことは、蛇をお読みになられた方は分かっていると思います。


➁メリーナ、レオンとケヴィンを連れ回す

「東京はいろいろ観光したかしら。メリーナのお気に入りはどこ?」
「……原宿。竹下通りでカワイイものをたくさん買ったわ。フクロウカフェにも行ったし、クレープもタピオカも美味しかった」
「あら、楽しそう。フクロウカフェいいなぁ……」
「かわいくて、かっこよかったわ。そう、ヘドウィグがいたの。知ってる?」
「もちろん。ハリーポッターの白くて大きい子」
「そう! ああ、あと浅草で着物も見てね。江戸小紋が気に入ったわ。細かくて繊細で大好き!」
「随分ツウ好みね。私も一枚持ってるわ。今度着て一緒に遊びに行きましょうか」
「本当? 行きたい!」
 喋っている間に彼女ははしゃぎ、すっかり快活になった。そこで結衣子はふと思い立ち、「じゃあ」と少し身体を離してメリーナを見上げる。
「和服の着付けはできる?」
「簡単なの、浴衣だったら……」
「なら、お気に入りの浴衣をイメージして」
「え……?」
「大丈夫。難しく考えないでいいわ。その浴衣を着付けるみたいに縄をかけるの」
 片目をつぶって言うと、メリーナは少し考えたあとで、意を決したようにうなずいた。
 彼女に背を向け結衣子は鏡を見つめる。背で重ねた腕に縄がかかった。しっかりと基礎を教え込まれたのがわかる縛りだ。
「どんなの持ってるの?」
 二の腕に縄が回ってきた時に結衣子は尋ねた。
「緋色に菖蒲しょうぶの花。白から薄紫のグラデーションでね、浅草の古着屋さんを回ってる時に見つけて、一目惚れしちゃった。見かねたレオンが買ってくれたのよ」

一か月あまりのあいだ、レオンとケヴィンはメリーナの観光に付き合わされる羽目に。

レオンにとって二人は弟子であり、友人であり、ビジネスパートナーなんですよね。

フリードが出資して、レオンがオーナーとなっている店がクラブゼロ。そこをケヴィン&メリーナは任されています。という設定。

レオンが見かねて買ったものは浴衣だけではないと思っていいでしょうw


➂見ることも勉強

 結衣子は唇を固く結んですっと立ち上がった。背に手をやってファスナーを一気に下ろす。レオンがハッと息を飲んだのを一瞥し、袖を肩から払って落とした。すぐ横では、メリーナがケヴィンの目を手で覆い隠していた。
 足元でふんわりと輪になったワンピースを跨いで、レオンへと一歩近づく。背のホックを弾き、見せつけるようにブラジャーを落として目を丸くする彼を睥睨していると、彼は穏やかに笑って腰を上げた。  肝が据わっている。面白いほどに狼狽えた渡海とはえらい違いだ。
「先生とマサキに聞いていたとはいえ、いざ目にすると驚くね」
 彼は苦笑しながらステージに上がり、ケヴィンとメリーナに場所を譲らせた。
「ケヴィン、メリーナ、ちゃんと見ておくんだ。いい勉強になるよ」

わたしは誰かを師匠としてしっかりと縄を学んだ経験はないです。

ただ、見よう見まねで覚えているだけ。イヴを書く際たくさんの動画を見ながら自分の縛り(といっていいのか?)の駄目なところを脳内で直していましたし、今回もそうでした(受け手がいない!!夫氏縛れない!!)

縛ること、縛られてみること、そして見ることが「縛り」を会得する方法で間違いない。

他人が縛るところを見て自分の縛りと比べることで技術は向上する、とわたしは思います。

仙台で縄を教えてくれる人がいたらなあと探していますが、なかなか・・・w

昔教わった「留め」は朝顔&夕顔用のネットを張る際、活用してます♡


➃レオンの背中を押した一言

 目を合わせた直後背を向けると、レオンは背後から結衣子をしっかりと抱きしめてきた。心地いい体温のあたたかさに誘われ、ウッディ系のコロンの香りが混ざる。わずかに残っていた強ばりをとくと、抱擁はさらに深くなった。
 ネックレスでもしているのか、後頭部の辺りで、ちゃり、と金属がこすれ合う音がした。
 身体を離したレオンが流れるように腕を取る。瑛二を思わせる強靭さに、結衣子の鼓動がどく、と脈打つ。それに仲秋のような父性的な包容力もあった。それはそのまま縛りに現れ、あの縄の継承者であることを誇り高く主張している。胸縄ひとつとっても、それがよくわかる。
 レオンも責め縄ではないが、転じることはわけないだろう。技術はもとより、仲秋へのリスペクトを端々で感じて結衣子は目を閉じる。
 大きく息をしても苦しくはなかった。むしろ呼吸をするごとに、どんどん楽になるようですらあった。
 腕をいっぱいに広げて優しく包み込むような深い縛り。これはまるで――。
「もう一人、いるみたい……」
 レオンの手が、ぴたりと止まった。「やめないで」と結衣子が咄嗟に嘆願すると、レオンはさっと縄を留め、もう一本下縄を足してくれた。
 両親に抱きしめられたらこんな感覚だろうか。やけにあたたかくて、泣きたくなるような心地がする。それでいてまばゆく柔らかい光に包まれるのも感じた。
 絵画。写真。自身の記憶を手繰って、そのイメージがどこにあるのか結衣子は探す。そしてふと、ベルリンのクリスマスマーケットで見かけた天使のオーナメントを思い出した。
「まるで天使……。ひだまりの中で、ステンドグラスみたいな光がきらきらしてるの」
 縄留めを待ってゆっくりと瞼を開けると、鏡の中のレオンが碧眼を大きくさせている。
 彼は結衣子の正面に回って腰を下ろし、おぼろげに揺れる瞳で結衣子を覗き込んだ。 「もう一人、って言ったね」
 風が頬を撫でていくような優しい声でレオンは確認する。
「……ええ」
「ダニエラだ。間違いない」
 彼は女性の名前を愛しげに口にして、胸元からプラチナのチェーンを引き抜いた。握った手のその先には大小の指輪が二つ、寄り添うように通されている。
「俺の妻だ。俺の受け手を務めてくれていた。二年前に亡くなってしまったけど」
「ごめんなさい、お気の毒に……」
「でも、いるんだろう?」
 そういえば瑠衣が言っていた。亡くなった知り合いの受け手が、縄で気分を当てたと。レオンの妻のことだったのだ。
 結衣子が強くうなずくと、レオンは正面から結衣子を抱きしめ、震える声でありがとうと告げた。そして背後に回り縄をとき、困ったように目を逸らしながら結衣子の服を渡してくれた。
「彼女がこの世を去って俺もステージを降りた。本当は縄も手放そうとしたけど、先生に『縄の縁を繋げ』って止められてね。だからこうして、かろうじて教えてる」
 服を着終えた結衣子が再びステージに腰を下ろすと、レオンはあぐらに折り曲げた長い足の上で手を組んだ。
「けど、ステージに戻ろうかとも最近思うんだ」

レオンが復帰することを決めた理由は、乳蜜で出ています。メリーナのような人間を抱き締めたいから。

仲秋の縛りを長い間見続けて、レオンは研究しました。そして試行錯誤の結果、彼は仲秋から責め縄を習いはしなかったけれど、責め縄を独自で編み出しています。(渡海より積極的だね!

だから、相手に併せて縛りを変えることができる器用さを持っているんですが、受け手をしてくれていた妻を亡くしたことで縄を手放そうとします。

しかし、仲秋から「縁を繋げ」と言われたことで、縄を教える立場になり、それがいつしか縄の縁を広げる立場に。そして、メリーナを縛ったことで再起するにいたる、と。

ここで結衣子がダニエラの存在に気づいたことで、再起の決意が固まる、というシーン。


➄ばれた

 開店時間の少し前。結衣子が更衣室に戻ってバッグをあさっていた時、スマホが一度ブブ、と震えた。  遥香からのメッセージだ。画像の小さなサムネイルを見て、なんの気なしに開く。と、一瞬事態の飲み込みに時間を要する写真がトーク画面に貼り付いていた。
 まず目に入ったのは、abyss 9の店内で正座して頭を垂れる瑛二だ。そしてその正面には、ウイスキーらしき空き瓶がそびえている。
 開けた覚えも見た覚えもなかった。だが、美しい書体で書かれたロゴには馴染みがある。スコッチの王様、ザ・マッカラン。
 その画像が、さらに入ったメッセージに押し上げられた。
『犯人が吐きました。開店祝いのレアカスク、渡海さんと稜くんの三人であけたそうです』
 見た瞬間、結衣子の目がカッと見開いた。

ここに至るまでの流れを西条さんから見せて頂いたのですが、なかなか・・・w

いずれ近いうちにSSで公開になるとおもいます。


➅側面

 エロティック。ハード。緊縛に対し抱かれるイメージは大体こうだ。そういう側面は確かにあるし、結衣子も行う。
 が、そればかりではない。綺麗に飾ることもあれば、誰かの心を救うこともある。
 ――わがままなのはわかってる。だけど私は、あなたも救われてほしい。
 綺麗なV字になるように整えたあと、縄を引き絞った。
 渡海の縄は美しい。だが手繰る渡海は、溺れもがいているかのように苦しそうだった。あの日結衣子は、それに気づいてしまった。
 ――姉弟子の私が、救えたらいい。
 おこがましいけれど。
 レオンがそうしかけたように、苦しい思いの末に縄を手放す者は多い。だがそれでも縄を手にしたのなら、可能な限り結んでいきたい。そうすればその先に、また救われる誰かがいるはずだ。

読者さんから頂いたコメントで渡海の成長物語とあったんですが、まさにそうなんですよね、乳蜜って。それはそうしようと思って書いたわけではありませんでした。

ただ、回収していないものがあったから回収させるためにはこういうのを経て、んでんで、みたいな感じでお話を組み立てたような気がします。その大半にルイが関わっていました。しかし、そのルイはなーんにも分からないまま「マサキは変わってほしくない」とか言ってるわけです。

結衣子がケヴィンやメリーナに縄を教えた時メンターとして二人の手を引いたように、結衣子「たち」は渡海のメンターとなり、「その先」と繋いでくれた、と・・・。

わたしが思うに仲秋先生でもレオンでも、この役目はできなかった・・・。


➆向き合うということ

「縛ろうとしている相手と向き合え」
 同じくらいの沈黙をもって、渡海は答える。
「言葉にすると簡単なように思えるが、自分をさらけ出すような行為だから難しい。だが、それが受け手に対して一番大事なことなんだよな。先生にも言われていたのに、俺は瑠衣しか縛る気がなかったし、瑠衣に甘えていたから忘れてたんだ」
 自分をじっと顧みて、確認しているような口調だった。
「だから誰を縛っても、向き合えてない。そういうことだよな?」
 ずっと沈黙を貫いた指摘を遥香が言い当ててから、時間をかけて、渡海の中にやっと芽生えたようだ。
 認めるのは勇気がいったことだろう。その勇気を讃えるように、結衣子は顔のすべてを使って微笑んだ。そのときほんの少しだけ、鼻の奥が痛んだ。
 満足のいく答えだった。だからabyss 9で縛った時に、結衣子はそれを示したのだ。わざわざ責め縄を見せ、自らを語り、滅多にしない本心を連ねた。
 縄を手繰ってる時は、取り繕わないから。

言葉にすることで最後の答え合わせをした渡海。うん、それが分かっただけでも前進と思う一方で、これからだwと思った方も多かったはず。

そう、認めることは勇気がいるんです。相手と向き合いながら自分とも向き合うことなんですよねえ・・・。


⑧間髪おかずw

「結衣子」
 自分の名を呼ばれたことは内心嬉しかったが、ここまでの減点があまりに多すぎる。
「俺はお前を見てる」
「遅いのよ」
 結衣子はジロッと渡海を睨み、鋭い声でちくりと制した。
 渡海が「う」、と堪えたような顔をしながら唇を曲げる。
「最初からそうきなさい。こーんな集中してない受け手に、縄なんかかけちゃ駄目よ」
 厳しく言ってみると、渡海は聞く耳を持った様子で結衣子を窺った。ならばと結衣子も目を尖らせて指摘を続けた。  

結衣子女王さまの言動は本当に読めなくてですね・・・。

西条さんから原稿もらって、「ふぁっ!?」となることが結構あった。でも、ああ、まあ、それが結衣子だよなあと納得できる言動だし、ちょっと文字数かさみますが、ちゃんと本編に沿った流れに収まるだけでなく、予想外の結果が伴うことが大半でした。ここもそのひとつ。

ルイを初めてKnotに連れてきたとき「わたしはルイちゃんを見てる」とKnotメンバーが言い出したのか渡海は結局分からないまま。それの答え合わせの場面が、このあとに続きます。

いや、まじ、ここはね、そうきたかーーーーーーー!!とうんうん頷いたシーンのひとつ。


➈渡海はおもちゃ

「ごめんね渡海さん、俺面白い時は放っておく主義なんだ」
「面白い、って……」
 稜にも見放された渡海はいよいよ唇をわななかせ、声を張り上げた。
「俺はちっとも面白くねえ!」
 俺は。ならばそれは、結衣子らにとってはものすごく面白いなにかがあるということだ。
 未だ赤い渡海の顔を見てそう直感し、結衣子は新たなおもちゃを見つけた子どものように、キラキラと瞳を輝かせた。

たぶん渡海はね、こうやってみんなにいじられる星のしたに産まれたんだ・・・。


⑩ここでいきなりですが

「人として人を縛る」
 結衣子が言うと、三人の視線が集まった。
「アートでもフェティッシュでも、その根底は変わることはないのよ。どんな縄であってもね。いろんな講習や会に参加したけど、みんなそれを大事にしてる。受け手を積極的に傷つけたいわけじゃないもの」
 もちろんそうでない者もいたが、一様に大成することなく消えていく。そんな者たちを何人も見てきた。

イヴを書くにあたり緊縛というワードで検索をすると、いろんな縄師のかたがヒットしました。

それと同時に多かったのが事故やレイプ。緊縛に興味を持つ人が増えることは喜ばしいのですが、

人を縛ると言う行為を縛る側の欲望だけでおこなう人間に体を任せてはいけない。そういった輩は大概緊縛事故を起こして消えていく。乳蜜でも触れましたが、縛る場所を間違えると麻痺が残るんです。

緊縛というのは、信頼があってこそ成立するものです。

それに危険な行為だからこそ、プロと呼ばれる方々は安全に気を配りますし、万が一事故が起きても責任を負う覚悟を持っています。それができてこそ緊縛師と名乗れるものであると、わたしは思います。


⑪レオンの役目

「俺は、彼女との別れで傷心なのかと思った。でも、それもどうも違うらしい。なんでも、そのころステージの舞台袖で、仲秋先生以外の誰とも話そうとしない一人の女性がいたと。しかも壺内しずるの引退ステージを期に、先生は約四か月ものあいだ、公演を断り続けていた。その女性は――」
「レオン」
 牽制するつもりで咄嗟に厳しい声を差し込む。だがレオンは、穏やかな目を保ったままで告げた。
「……その女性は、ある日突然先生のステージに乗り込んで、服を脱ぎ去り、『縛ってほしい』、『この場をもう一度ショーにしてやる』と申し出たんだってね」
 思わず唇を噛んだ。
 人の口に戸は立てられない。しかもあの日のことはまあまあ騒ぎになってもいた。ちょっとした語り草になっていても、不思議はなかった。
 レオンから突きつけられているものはただの事実だ。それを受け入れるように、結衣子はレオンから目を逸らさずにいた。
 それでも瞼は、痙攣しそうになっていた。
「周囲の人いわく、先生はその彼女にとてもご執心だったらしい。誰からも隠すようにして、ステージ後は彼女とそそくさと帰って、打ち上げの付き合いも悪くなってたって――」
「詮索を続けても」
 聞くに耐えず結衣子は口を挟む。
 目頭の奥が心なしか痛んだせいで、彼の顔がおぼろに揺れた。それでも、声を絞らずにいられなかった。
「……いいことはなにもないわ」
「先生はその彼女が去って以来、誰とも付き合っていない」
 続いたセリフに今度は息を飲む。
「奥様にというより、その彼女に操を立てているみたいに感じるのは、俺の勘違いだろうか」
 いつもならいくらでも煙に巻けそうなのに、できなかった。
 レオンはやっと言えたと言わんばかりに晴れ晴れと、それでいて少しさみしげに微笑んだ。
「長々とごめん。でも、ユイコには伝えておかないといけない気がしたんだ。先生が君に、着物を贈ったと聞いたから。俺は先生が憔悴していたのも知ってたから、一体どんな気持ちで、今の君に贈ったのだろうと考えてしまってね」

名前があるキャラには役割を持たせろ。無駄なキャラには名前をつけないほうがいい。とわたしは思っています。ですが、まさかレオンが結衣子にこんなことを言う役目になるとは、彼を産んだときは予想していなかった。

それを言うと先生もなんですよね。仲秋先生は渡海にとって「父親」というものを教える為の存在としてしか役目はなかったんです。

先生に関しては、西条さんが裏仲秋を良い感じに育ててくれたお陰で、先生の苦悩がはっきりしたしました。それと同じように、レオンの役目が閃いたのは、西条さんが女王さまは縛られたいを書く数日前だったと記憶しています。

男縄会以降は渡海は山場てんこ盛りなんですが、結衣子の側って何もなかったんです。それで閑話を書くにあたり何かネタがないかなーと二人であーでもないこーでもないと色々言っていたとき浮かんだんです。

んで、全員分のタイムスケジュールを書き出して「余白」を見つけ、そこを新しく埋めていく作業をしながら、西条さんは閑話を閑話でないものに仕上げたというね・・・。


⑫ねみみにみず

「本当にシゲちゃんは懇意にしてくれたよ。どんどん客入りが寂しくなってるってのに、ステージは毎回盛り上がってさ。それもあって最後もここにするはずだったんだよ。なのにシゲちゃん、急に、引退ステージはあんたんとこでやるって。ここでやるって決めていたのに、すまないって言い出して」
 不満そうな口振りで放った言葉に結衣子は眉を上げた。 
「決めてた? ステージをここで?」
「そうだよ。日取りまでは押さえてた」
 あっけらかんと彼女は認め、知らなかったのか、と半分気まずそうに、半分は呆れたように続けた。
「結衣子へのはなむけになったらいい、って妙にしみったれててさぁ。でも、考えてみりゃあもっともだ。終わるここより、これからも続いていくあんたんとこの方がいいに決まってる」
 寝耳に水だった。仲秋からステージの申し出があったのは、渡海を初めて連れて来た日だ。
 その時から不可解に思ってはいたのだ。8 Knotのような小さなステージでなくとも、仲秋は十分人を集められる。最後をわざわざ結衣子のところでやるメリットなど、仲秋にはほとんどない。

ここも「余白」を使って書いたシーン。

仲秋に連れられて8Knotへ行った際、渡海は「ここで最後をやりたいと思うがどう思う?」と仲秋に尋ねられ、「えw」ってなりましたよね。んで「新宿の店は?」とか会話したと思う。その店がここなんです。仲秋先生が行動を起こした理由は結衣子への慕情だけではないです。でも、慕情が膨らんでしまったと。

わたしはプロット段階で自分が納得できる理由を埋めないと安心できないタイプですが、今回西条さんと一緒にお話を書き続けたことで「余白」の大事さを学びました。


⑬我慢がきかない

「稜くん……」
 稜の言葉を遮って、夫の名前を結衣子は呼んだ。彼は怪訝そうな面持ちで足を早めた。
 黙っているのもいい加減限界だった。それに聡い彼のことだ。きっとすでに、何もかもお見通しだろう。
 それでも彼は、何も聞かずにここまで付き合ってくれた。
 結衣子は顔を曇らせたまま、すぐそばにしゃがんだ彼の腕に縋るように掴まった。
「帰ったら、話したいことがあるの」
 自分ではもう、いつ歯止めがきかなくなるかわからないから。

いつ結衣子は稜に打ち明けるか。つか、そもそも打ち明けるかどうか様子を見ていました。

結衣子というキャラクターは渡海ほど分かりやすくない。男縄会で瑛二や稜が「子供」と一緒だと言ったのを見て腑に落ちた方も多かったのではないかと思います。

抗いきれない衝動の裏に隠れているものは、大人だから隠している子供心ではないでしょうか。


⑭カステラ・・・

「こんばんは、渡海くん。今日はどうかしたの?」
「どうかってほどじゃねえけど……って」
 渡海は正面に立った結衣子を目にした途端、ぎょっと顔を歪めた。その視線と突き出された人差し指が、胸元で鞭を持った結衣子の手に注がれている。
「お、おい、それ……」
「ああ、乗馬鞭?」
「な、なんでそんな物騒なもん持ってんだよ」
「物騒ったって……」
 ひくりと頬を引きつらせる渡海に加虐的な悪戯心を刺激され、結衣子の口角が勝手に持ち上がった。
 つかつかと近づき無言で打撃部分を顎下へ突きつけ持ち上げる。逃げる間もなかった渡海はなされるがまま、ぐっと息を詰めた。
「心配しなくても、この通りただの小道具よ。今日はミリタリー系のコスチュームデーでね、みんなこういう感じの衣装なの」
「あんたがやると「ただの」じゃすまねえんだよ。っつか、これ」
 嫌そうに顔を逸らして鞭先から逃げた渡海が、右手をずいと持ち上げる。結衣子は乗馬鞭を小脇に抱え、首を捻りながらも「ありがとう」と受け取った。
 意外と重いその中に控える、上品なワインレッドの化粧箱を掴んで出す。ザ・マッカランの美しい書体の下に書いてある文字に、結衣子は目を見張った。
「レアカスク! どうしたのこれ」
「知り合いの店でその酒の話をしたら、取り計らってくれたんだよ」
「普通の酒屋さんじゃなかなか置いてないわ。しかも買ったらまあまあするし」
「値段はよく知らねえが、……まあなんつうか、詫びというか礼というか……」
 驚いて渡海を見ると、彼はばつが悪そうに頭を掻いている。
 男三人で空けて、結衣子が飲み損ねたものだ。瓶熟こそしていないだろうが、貴重であることに変わりはない。
 だがそれよりも結衣子は、その知り合いという者のほうが興味をそそられた。
 渡海の性格からして、あらかじめ用意させておいたなんてことはないだろう。今の今まで忘れていて、なにかの拍子に思い出した、というほうが自然だ。
 それが未開封の状態で置いてある店。滅多なものではない。しかも普通にバーで出せば、一杯五千円ほど取れる酒なのだ。
 そのくらいの関係なら渡海のステージに来るかもしれない。働いた打算を頭にとめおき、結衣子はふんふんとうなずいて箱をカウンターに置いた。
 だが、
「これでいいだろ。飲んじまったのはまあ、事実だし……」
「お菓子は?」
 これだけでは、マイナスになっていたものがゼロに戻りもしていない。
 きょとんとした顔で結衣子が渡海を覗き込むと、渡海もまた、鳩が豆鉄砲食らったように唖然としている。
「へ?」
「お菓子。ないの?」
 結衣子は鞭を再び構え、打撃部分で左手をパシパシ打ちながら詰め寄った。
 稜がカウンターの向こうでふっと吹き出す。一方、渡海の頬が引きつり始めた。
「ね、ねえよ……それがあったら十分だろう?」
「これはこれで嬉しいけど、普通に考えたらレアカスクはお詫びの分で、お礼ってなったらまた別でしょう?」
「はあ!? なんだそれ! っつか鞭(ソレ)振るな!」
「私が飲めるタイミングなんて、営業時間後の遅い時間だけだもの。その点お菓子はいつでも食べれるじゃない。だからみんなお菓子くださるのに」
  結衣子が畳みかけているうちに渡海の表情がわなわなと歪む。そしてついに我慢しきれなくなったのか、とうとう彼は「あーもう!」と声を張り上げた。
「わかった! カステラでも最中でも持ってきてやる! それでいいんだろ!?」
「カステラ!」
 鼻息を荒げた渡海に、結衣子は華やいだ笑顔で身を乗り出す。
「底がザラメでジャリってしてるのが大好きなの! 渡海くん、本当にいいの?」
「あ、ああ……」
「ありがとう! 楽しみにしてる!」
 拝むように手をぱんと打つと、渡海はたじろいだように、絞り出したような声でああ、と言った。

どうしてこのとき「カステラ」と出たか。

それはこの頃、くるすで作った「カステラ」の端っこをおやつとして食べていたからです。

それにしてもこのシーン、好きw


⑮ふつうのにんげん

「さっきここにいた彼、この人よ」
「え?」
 フライヤーの一枚を裏返し、渡海の近影を示す。
「案外普通の人でしょう。持っているものがビジネスバッグか縄かってだけ」

まさか素の姿を見られていたとは渡海は思っていませんw

うん、不憫な子だw


⑯稜の覚悟

「ねえ、彼女が来る前なんか言おうとした?」
 なんだったか。箱から縄束をあぐらの上に出しながら数秒本気で考えたのち、思い当たって稜を見る。
「これで最後だし、お前も気がかりがなくなるな、とかなんとか」
「ああ。気がかりね……」
 稜は語尾を少し濁し、曖昧な顔で平たい段ボールを開けた。その途端、ぬめりを感じるのに粉っぽくもある、ほのかに甘い花の匂いが広がった。
~中略~
「お前はどうしたいんだ」
 改まったように瑛二が尋ねると、稜はゆったりとした仕草で腕を組む。
「このまま接触を絶ってもらいたいとこだけど、再燃に怯えるのも鬱陶しい。未練がましくされるくらいならいっそ、俺の目の前でなら構わないから抱かれてくれればいいのに、とも思う。から……」
 困ったね。
 そう言って自嘲気味な笑みを落とし、稜は箱の中身の確認を再開した。
 どんな顔をしていいかも、どんな言葉をかけていいかもわからず、瑛二は稜から顔を逸らし、黙々と手を動かした。
 確認が粗方終わったころ、カウンターから茶器を用意する音が聞こえてきた。
 床の方で重苦しくなった空気を押しのけるように、稜が勢いづけて立ち上がった。
「大丈夫だよ、俺は彼女を傷つけない。瑛二さんとの約束、ちゃんと貫くから」
 話しただけだったが、なにか踏ん切りがついたのだろう。稜の顔は先ほどよりいくらか、引き締まって見えた。

西条さんから稜の思考の流れを聞く度つらかったです。

仲秋邸で彼が渡海に話した「歪み」「聞いてくれてありがとう」を西条さんが文字にしちゃったから尚更ね。渡海の気づきの発端なのと、稜が選んだ覚悟の業の深さを示す、二つの意味を持つ会話だったんですよ・・・。


⑰とろけるクッキー(ホワイトチョコ)

「ホワイトチョコ……しかも九個も……」
 クマが描かれた小袋から飛び出た白い菓子を前に、結衣子が顔を歪めている。それを見やる遥香と稜は、同情的な苦笑いを浮かべていた。
 ホワイトチョコレートは、結衣子の苦手なもののひとつである。彼女が公言している苦手なものは煙草だけだが、言わないだけで食べ物にもある。
 初めて彼女たちが顔を合わせたときの、ひりついた空気を瑛二は思い出した。仲秋邸で抱き合ってはいたものの、打ち解けたわけではないせいか、結衣子は度々瑠衣を避けているフシがあった。
 苦手意識が払拭されることもそうないだろう。腹からこみ上げる笑いを瑛二は堪えずにいられなくなった。
「おまっ……、どんだけ相性悪いんだよ……」
「っ……」
 瑛二が笑い出した途端、遥香と稜も身体を揺らす。
「かっ……関係ないでしょう? せっかくくれたんだもの、食べるわよ……」
 真に迫るような顔になった結衣子は、はっと短く息を吸って口に放り入れた。
 瑛二らは反応を楽しむように、三者三様チラチラと窺う。結衣子は最初こそ平然としていたが、咀嚼しているうちにうらめしそうな表情になり、最後は無言でコーヒーのカップを取って流し込んだ。
 白い喉がごくんと上下して、深いため息が落ちる。
「……やっぱ苦手ぇ」  

結衣子がホワイトチョコ苦手なのを知らなかったんですよw

んで、西条さんにルイの引き祝いはこれこれーと話したら

「結衣子、ホワイトチョコ苦手なんですよw」

「・・・wどこまでも相性が(以下略」

という会話をしたという。

ちな、ここで出した「とろけるクッキー」は実在します。

もとは石巻のケーキ屋さんなんですが、うちの近所にもお店があって、たまーに(夫氏そっちのけで)食べています。

ムッシュ マスノ アルパジョン

大人気「くまの手シューラスク」「アップルポテト」などこだわりのスイーツをお届けしています。


⑱歩の強さの理由

「あなた、もしかしてクラブゼロにいなかった?」
 稜と並んで帰ろうとしていた際の、ほんのわずか。その時に見かけた不安げな眼差しの理由が腑に落ちた。
「そうです。実は、彼に縛られてたの見てました」
「やだ、本当に?」
 驚きかけたが、渡海の恋人なのだから当然そうだと思い直す。歩から渡海へ視線を移すと、渡海は不機嫌そうに顔をむくれさせていた。
 あらぬ誤解や諍いがあったかもしれないと、結衣子の頬に自然と苦笑いが滲む。
「その節はお見苦しいところ見せちゃって。ごめんなさいね。あまりにも見てられなくてつい」
「気がついたことがあったら遠慮なく言ってくださって構いませんよ」
 年の頃は遥香と変わらないように見えるが、随分としっかりした女性のようだ。尻に敷かれる渡海の姿がありありと目に浮かぶ。
 緊縛師をパートナーとしステージにも足を運ぶ気概は、並のものではない。彼女もまた、遥香のような担力でもって渡海の側にいることを選んだのだろう。
 渡海もまた、彼女から得るものを喜ばしく思ったはずだ。彼女のお陰で折れずにいたかもしれない。
「この数ヶ月、あなたが彼をたくさん支えてくれたんじゃないかと思うの。オーナーとして、渡海くんのこの日を、この店で迎えられたことにお礼申し上げるわ。どうもありがとう」  

先生のステージ打ち上げのとき、遥香と歩がダブってみえた人が多いと思う。

わたしもそうでした。

仲秋という悪い手本がいるんですから、全部打ち明けて正解w


⑲黒大島でない理由

 離れる口実ができたことに安堵して頬を緩めたとき、小さな違和感に結衣子は気づいた。
 仲秋の着物が、黒大島でなく黒の色無地だ。レオンにさっと目をやったが、先月と同様彼は黒大島を着ている。  
――引退したから……。
 あれは仲秋の、舞台のための着物だから、着なくなるのは当然と言えた。そう頭では理解するのだが、それでも不意打ちの寂寥感に見舞われた胸中はざわついた。

そうなんですよ。もう引退したから・・・。

黒大島を着る理由は結衣子は知りません。ステージ前日、仲秋が渡海に打ち明けた話はすべて、結衣子は知らない話です。


⑳ゲストとの会話

-1

「あなたのお陰でうちでステージやることをやっと受けてくれました。お礼を申し上げます」
 なぜ、と一瞬思ったが、それが渡海にやったレアカスクの代償なのだろう。くすくすとした笑みが結衣子を襲い、肩を揺らす。
「扱いやすいわね」
「彼はまっすぐですからね。裏を探らずに済む」

光と結衣子の会話。光と結衣子はたぶん似たもの同士(光はマゾではないが、妻に尽くす点ではマゾと通じるものががががが)

-2

「とまり木から降りてなにか見えた?」
 すると彼は、不自然にならない程度の逡巡を経て口を開く。
「……とりあえずは自分のことが、ですかね。高みの見物だけじゃもの足りなくなりそうです。これもこのあいだ頂いたお守りのご利益かな」

「飛べない鳥は夜に羽ばたく」のフクロウくんとの会話

そう、高みの見物してられなくなっちまったんだねw


㉑見えたもの

 完成された瑠衣の姿をじっと見つめていた渡海が、その縄に手をかける。
 一本一本惜しむように結び目をほどいていく彼の姿は、まさに彼女との思い出を夢想し追いかけているようだった。
 すべてほどききった瞬間、渡海を振り返った瑠衣が、自由を取り戻したその腕で彼の首にかじりつき、飛び込むように抱きついた。渡海は面食らったような顔をしていたが、やがて彼も彼女の背に腕を回した。
 それを見て結衣子はたおやかに微笑む。
 今の彼なら、そうしたくなる彼女の気持ちがわかるはずだ。
 しっかりと抱きしめられていた分、縄をほどかれた受け手はさみしくなる。だからもう一度、その穴を埋めてもらいたいと願う。
 待ちわびていたような拍手がフロアから湧き上がった。ストリップ劇場の彼女も、フクロウの彼も、パトロン一家も手を叩いていた。だがその横にいる道家の肩は、微塵も揺らいでいなかった。
 観客の反応のひとつひとつを見て、思わず胸を撫で下ろす。それから結衣子は改めてステージで抱き合う彼らへ向けて、あたたかな拍手を贈った。

縄を解くときって、寂しく感じるんですよね・・・(ぼそっ

そしてこのとき、ちらりと康孝に触れていますね。

この後康孝と交わした会話の内容は、乳蜜にも蛇にも入れられないものです。


㉒芽吹いたもの

「今、ここで見たものに対してあなたが抱いた思いを、どうか大切にしてください。このあとの帰り道で、あるいはご自宅でふと思い出したとき湧いてきた思いを、どうか大切にしてください。時間が経ってそれが変化しても、それも大切にしてください。そこに縄で繋いだ固い絆で結ばれた彼らがいたことを忘れないでいただけたら、これほど嬉しいことはありません」

結衣子の挨拶、読者さんに伝えたい言葉となったことは言うまでもありません。


㉓先に見えたもの

「で、なに?」
 ほどかれ始めて安心したのか、稜が結衣子を仰いだ。
 心に決めても今をないがしろにはできない。やることの算段をいくつかつけ、見上げてきた稜と視線を交差させる。
 まずは明日のランチの会合に彼を列席させることと、予定していた相談の内容を少し変えるというところだろうか。
 だけどまずは彼に話しておきたい。ボンデージを脱ぎ、鞭を置いたあとの未来。
 思いついたばかりの突拍子もない夢物語を語るため、結衣子は緩やかに口を開いた。
「私が緊縛師ってどう思う?」  

西条さんは嬉しい誤算だったとおっしゃってますが、わたしにとっても嬉しいものでした。


㉔先生とのこと

-1

 考えてみれば当然の話だ。仲秋は常に、弟子の彼には厳しい態度で臨んでいたのだ。
 ちょっとお茶目な好々爺。それが仲秋だと思い込んでいた。
 店で見せていた顔が甘やかだったのは、ひとえにそこに結衣子がいたからだ。あの顔や態度がすべて結衣子のためだったなど、誰が考えることができようか。
「……それじゃああなたたちへは、あんまり甘い顔もしなかったのかしらね」
「俺よりあんたのほうがわかってるだろ」

-2

「先生とはただの師匠と弟子ではなかったんだろう?」
「ただの師匠と弟子じゃなかったから、少しだけ責任を感じて弟子だと名乗らないのよ」
 そしてそれこそが結衣子の目をくらませ、曇らせていた。それを明かした途端力が抜けて、諦めたような笑みになる。
「でも、仲秋国重から責め縄を教わり会得した、その自負と誇りだけはあるの」  

渡海にとって仲秋は厳しい師でした。

だから初めて8Knotに連れて行かれたときにキャストたちから「仲秋せんせー♡」と慕われていたことが驚きでしかない。

西条さんと諸々打ち合わせしながら仲秋国重という緊縛師の裏と表を決めていったのですが、彼女が裏を育ててくれたからこそ、表を育てることができたし、苦悩も描けたと思っています。

一人で書いていたら、先生は聖人君子のままだったでしょう。


㉕ルイと結衣子

「ねえ、渡海くん。正直に答えてほしいんだけど」
「なんだ?」
 もうほとんど確証はあったが、それでも聞いてみたくなった。稜が言った、ダメ押しのような言葉。
『まだ信じられないなら、渡海さんにこう聞いたらいい。私と――』
「私と瑠衣ちゃん、似てるかしら」
 言いながら結衣子は渡海に身体を向けるためにゆっくり振り返り、彼を見つめた。

そうなんです。ここに繋げたかったから、所々にそれを匂わせる描写を置いたんです。

先生との関係、ルイと結衣子。もしも渡海が何も変わらなかったら、結衣子が危惧していたとおり、彼は受け入れなかったでしょう。


㉖駄目な人

「……ほーんと、駄目な人ばっかり」
 その中に抜け目なく自分も入れて、呆れるように笑ってやる。だけどそれでも、誰一人として、心の底から嘲りあげつらうことはできなかった。

信条、駄目な人。西条さんは深く考えずに差し込んだと言ってますが、無意識のうちにちゃんと筋が通る理由が存在しているんですよね。それも今回よく分かりました。

その二つがなかったら、たぶんどちらのお話も輪郭なくふわふわしたものになっていたんじゃないかと思います。


㉗けじめ

-1

 稜の手を借りて結衣子は立ち上がり、艶めいた目でドアの方を睨む。本当にこの方法しかないのかと自問しながら、稜が掴んだスマホを見つめた。
 不自由ながらも伸ばした指先でスピーカーを切って、マイク部分を親指で覆う。
「……本当にどうしようもないことしようとしてるわ」
「うん。でもこの獣はいい加減、飼いならさなきゃ。結衣子も俺も、先生も、ずっと苦しむ羽目になる」
 子どもをあやすように稜は言い、結衣子の頬を撫でた。
「それに俺も、先生に啼かされて乱れる結衣子を見たい」

-2

「八年前はひどい終わり方でしたね。奥様にバレてしまってどうにもできなくて、セーフサインのリップ音、鳴らすためだけに国重先生にキスしたの。そのまま私、逃げるようにアトリエから出てった」
 終わりにしたことに後悔はなかった。だけど今になって、知ってしまったことが多すぎた。
 仲秋の想いと愛情に結衣子が真正面から向き合わなければ、彼もきっと救われない。寂しそうなその笑みを、このまま見過ごしてはおきたくなかった。
「今度こそきちんと終わりにしましょう」
 いつまでも手をこまねいている追憶に、選び取った未来を掬われるのは御免だ。
 彼も救われてほしいと願うように、結衣子は手首に巻かれた縄にそっと口づけた。固く組んだ両の手は、天に捧げる祈りに似ていた。  

もともとの終わり方がどうだったのか、それはいずれ西条さんが話しますが、わたしはこれで良かったと思いました。


え。27個・・・(がくぶる

ラストは渡海の未来と結衣子の未来がまっすぐ伸びました。

それだけにそのシーンを書くに至った出来事だったり打ち合わせのことが頭に浮かんできて・・・

全部印象に残るシーンだし、好きなシーン。

「この際、文字数気にしないことにしよう」とお互い口にしたあとの文字数の伸びが半端なかったよね、西条さん・・・w

んで、西条さんが書いてるやつをこっそり読んだら、うん、文字数結構ありそうなので皆さん期待してくださいw

あと、昨日リクエストされた件ですがメリーナとケヴィンのポリシー。いずれレオンのリデビューの

話と歩の家に挨拶にいった話を合わせたものを放出できたらいいなと思ってます。


ということで、明日は西条さんによる渡海の不憫っぷr(げふっ)乳蜜語りです

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