乳蜜と追憶の交わるところで SS公開

西条さんがたびたび公開している「乳蜜と追憶の交わるところで」に一話追加になります。

瑛二・稜・渡海の三人でお菓子を作る小話なんですが、楽しいですよ。それにびっくりするようなエピも後半にあります。

7月7日21時より

エブリスタの女王短編集にて四夜にわたっての公開になります



きっかけは、結衣子のTwitterにいいねしたこと。

そしてその後のお話はこちら(by谷崎)超突貫です。


 渡海は家を出る前に、斜めがけのバッグの中を覗いた。そこにあるものを確かめ終え、玄関を出る。

 間もなく19時になろうとしているのに、外はまだ明るい。が、梅雨の時期だ。明るいとはいえ、空には雲が掛かっていて、湿った風が吹いている。まとわりつくような熱と湿り気にうんざりしながら、夜の銀座に向かった。


「お菓子作りにこない?」

 結衣子からそう誘われたのはエイプリルフールだ。

 風呂あがりに発泡酒を飲みながらSNSを見ていたところ、彼女のツイートを偶然見かけてしまい、頑張ってるな、と思いながら「イイネ」を押してしまったのが運の尽き。その後コメントをやりとりしていたら唐突に誘われたのだ。

 その時はきっぱり断った。しかし翌日、まるで示し合わせたかのように瑛二から電話が来た。その上、奇遇にもアビスにいた稜から「結衣子さんが言ってたやつはともかく、たまには男同士で飲もうよ」と誘われてしまい、渡海は悩んだ。

 あの二人と飲むのは嫌ではない。けれど、結局イジられる羽目になるから気が進まなかった。稽古を引き合いに断ろう。そう決めて切り出そうとしたら、稜から断れない言葉を掛けられてしまい、今日の飲み会が決まったのだった。


 地階へ続く階段を降りると、初めてこの店に来たときのように、いきなりドアが開いた。

「いらっしゃいませ、渡海さん」

 遙香の明るい声で出迎えられた。

「こんばんは、ルカさん」

 渡海はわずかに笑みを浮かべ、軽く頭を下げる。

「稜くんを迎えに行くから、待っててね」

 そう言って彼女は軽い足取りで離れていった。そのうしろ姿を見送り、渡海は店に入る。すると、カウンターの中にいた瑛二から声を掛けられた。

「よお、マサ」

「……持ってきたぞ。瑠衣の結婚式の写真」

 渡海は、ぶすっとした顔で言った。

「ああ、まあ、それはあとで見るとして、まずは上がれよ。もうすぐ稜も来るし」

「俺としてはこいつを置いて帰りたいところなんだが」

 バッグの中からUSBメモリを取り出し、瑛二に見せると、呆れたような顔を向けられた。

「おまえなあ……。せっかくルカが男だけで飲める時間を作ったってえのに」

 そう言われたらバツが悪くなる。

「センセーとルゥのおかげであっちもこっちも商売繁盛だ。やーっと一息つけるようになったから誘ったのによお……」

 ついに不満げなまなざしを向けられてしまい、ますます気まずくなったそのとき、背後からドアが開く音がした。

「あれ? 渡海さん、入らないの?」

 タイミング悪く来た稜がとどめを刺し、渡海は靴を脱いだのだった。


『瑠衣さんの結婚式の写真見たいな』

 どうして稜がそんなことを言い出したのかは分からない。もしかしたら、そう言えば自分をアビスに呼べると思ったのかもしれないけれど、酒とつまみが出てしまえばどうでもよくなった。初めてここで飲んだときのことを振り返りながら、渡海は稜と瑛二とともに世間話に興じる。

 瑛二が言った通り、ここ数か月ノットもアビスも忙しいらしい。それに、結衣子が緊縛師として活動するための準備も進んでいるようだった。稜は、結衣子のマネジメントをするという。瑛二は瑛二で、遙香とともに店を切り盛りしているし、瑠衣は仙台で幸せに暮らしている。

  瑠衣の結婚式から二週間が過ぎた。できあがった写真をデータで送ったあとに届いたメールには、感謝の言葉とともに近況報告が記されていた。瑠衣は夫とともに七月にドイツへ向かうという。

 瑠衣の夫・道家康孝は、フリードとヨナスが一緒に立ち上げた会社の責任者だ。それに、フリードが面倒を見ているアーティストたちの「窓口」になったというから、どれだけフリードたちが信頼を寄せているのか分かる。本音を言えば、いまだにいけ好かない相手ではあるけれど、自分と後援者であるフリードを繋ぐ人間だから我慢して付き合うしかない。それになにより、瑠衣にいらぬ心配を掛けたくなかった。

「瑠衣さん、幸せそうだね」

 瑠衣の結婚式の写真を稜や瑛二に見せながら、康孝とともにフリードたちと話していた瑠衣の姿を思い返していたら、稜が話し掛けてきた。

「ああ……」

「へえ、お寺で式を挙げたあと、ウェディングパーティーやったんだ」

「……みんなが泊まったホテルでな。ガーデンスタイル? ホテルの庭でやったんだよ」

 大小様々の島が点在している松島湾が一望できる庭でやったパーティは、こぢんまりとしていたけれど、とても温かいものだった。瑠衣が作った大きなケーキをみんなで分け合って食べたときのことが頭に浮かんだタイミングで、稜が唐突に切り出してきた。

「ねえ、渡海さん。来週の日曜日空いてる?」

「へ?」

「その日の午後、ちょっと付き合ってくれると嬉しいんだけど」 

 にっこりとほほ笑まれたけれど、渡海は顔を引きつらせる。

 稜から笑みを向けられたときは要注意だ。これまでの経験からそう思ってしまうのは仕方がない。怪訝なまなざしを稜に向けていたら、何かを察したのか彼は苦笑した。

「やだな、警戒しないでよ。結衣子さんも言ってたと思うけどさ、アビスで出す料理を作るんだけど、それに来てほしくて」

「……俺は関係者じゃねえぞ」

 すると稜は声を潜めてきた。

「今回、彼女にいろいろ心配させたでしょ。そのお詫びとしてお菓子を贈るってアリだと思うんだけど、どう?」

 痛いところを突かれてしまい、渡海はぐぬぬとなりながら白旗をあげたのだった。


 おわり 


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